筋膜リリースを解説します。

浅筋膜と深筋膜の違い

筋膜の正しい知識を知り、筋膜リリースの本質を理解する

筋膜きんまくリリース筋膜きんまくはがしといった言葉を目にする・耳にする機会が増えてきました。筋膜へのアプローチ自体は古くから実践されてますしはり・マッサージにおいては基本なので、新しいものではないのですが、ここ10年で一気に有名になりました。当院の患者さんからも「筋膜リリースをしてほしい」という要望をいただく機会は大変多いです。

肩こりの原因は筋膜にあり、筋膜のシワ・たるみ・癒着が問題である→筋肉をいくらほぐしても筋膜にシワやたるみがあれば肩こりは治らない、といった説明がガッテン・金スマといった人気テレビ番組で紹介されネット上にも情報が拡散されています。また、それと同時に肩こりの原因は肩以外にあるという説明も多くなりました。

肩こりの原因は肩以外にある説は正しいです。ただし筋膜だけで全てが解決されません。肩こりの原因は筋肉ではなく筋膜であるという説明が多いのですが筋膜は筋肉の一部です。筋膜のみへのアプローチは根本的な解決にはなりません。筋膜と筋肉を分けるべきではありません。筋膜と筋肉はセットです。これはとても大切なポイントです。

日本語の筋膜という単語の定義は定まっていない

筋膜はラテン語のFasciaを日本語にしたものです。ファシィアまたはフェィシャと発音するこのラテン語の単語は、ドイツ語でいうbunde、すなわち物を包んだり結び合わせたりする帯を意味します。Fasciaは日本語でいう筋膜にとどまらず、内臓の膜・骨を覆っている骨膜・関節を連結している靭帯じんたいや筋肉を骨とくっつけるけんまでも含まれます。筋肉に関する筋膜だけでも、筋内膜・筋周膜・筋外膜・筋上膜といった種類があります。これらも筋膜という一言で説明されてしまっています。

筋膜は魔法の言葉?

最近では四十肩・五十肩といった症状も筋膜に原因があるといった説明が目立つようになってきました。筋膜とよべる組織が多岐に渡りすぎているため、何から何まで筋膜という単語ひとつで説明されてしまっている、つまり間違ってはいないけど正確でもない。マスメディアで取り上げられることで誤解を与えていることだけは確かです。

今までと何も変わらないストレッチや体操もいつのまにか筋膜ストレッチ、筋膜体操といった名前に変わっています。筋膜は身体のあらゆる組織に存在しています。どんなストレッチでも運動でも筋膜は使われています。つまり何をするにしても筋膜へのアプローチはあるわけですから、嘘偽りではないのです。

Myofasciaは筋筋膜と訳されているのに、頭の筋がとれて筋膜リリースという言葉が広まってしまった

筋肉の筋膜を意味するmyofasciaという単語があり、日本語で筋筋膜といいます。myofasciamyoは筋肉のという接頭辞で筋肉の膜(fascia)ということです。「筋肉の筋膜」=「筋筋膜」、これがいわゆる筋膜を指す単語として正解・最適なのですが、筋筋膜は筋・筋膜となぜか分離された表記が少なくありません。筋肉と筋膜という並列の意味で説明している専門家もいらっしゃいます。

筋膜リリースという言葉はMyofascial releaseを日本語にしたものです。本来であれば筋筋膜リリースと訳されるべきだったのです。

このページでは筋肉を覆っている・包んでいる膜=筋筋膜(myofascia)を筋膜として解説していきます。

筋膜は古くからある人体解剖図に存在していない

残念ながら医学界では「筋膜」は無視されてきました。なぜ無視されてきてしまったのかといいますと、医学でもっとも重要なのは内臓・骨・筋肉といった“体の中身”だったからです。

人体の構造を学ぶ上での根幹は解剖です。筋膜は解剖の際に取っ払って捨てられてしまうものでした。

ですが人体についてはまだまだ解明されていない不明点が数え切れないほど多く、あまり注目されていなかった筋膜についての研究を進めてきた研究者たちがいました。その研究者たちのおかげで、近年、病気との関連が判明してきたのです。

これは鍼灸しんきゅう・マッサージにおいても大変意義があります。鍼灸・マッサージにおける筋膜へのアプローチは基本ではあるのですが、医学的な根拠・裏付けに欠けており経験則にしたがっている(これの最たるものが、当院では取り入れていませんが、いわゆるツボや経路といった考え方)部分が大きく、曖昧かつ確実でない情報をもとに行われているのが現実です。

はりを刺す・打つ、といった行為は鍼灸・マッサージの基本です。鍼は鍼師と医師のみが打つことができます。この鍼を打つ目的のひとつが、硬くなった筋膜の緩和です。

鍼を打つと筋膜が緩和する仕組み

硬くなった筋膜に鍼を刺すことで一時的に筋膜を壊します。膜に傷がつくわけですから出血します。出血するということは、その部分の血流が増します。血流が増すと硬くなった部分が柔らかくなります(たびたびテレビ番組などで紹介される筋膜リリース注射・ハイドロリリース注射は生理食塩水を注入して筋膜を柔らかくする方法ですが根本原理は同じ)。壊れた筋膜は新たに作られますが、硬くなっていない正常な筋膜が作られます(リモデル)。もちろんそれだけではないのですが、筋膜含めて「筋肉」であり、筋肉の外側・内側問わず必要な箇所に打つのが鍼です。

筋膜リリースは新発見ではないし画期的な方法でもない

硬くなった筋膜へ鍼を打つ基本的な処置以外にも筋膜へのアプローチ方法は、いろいろな方法があります。それこそマッサージやストレッチにも当然ながら筋膜リリースは含まれています。つまりアプローチ自体は新発見でもなんでもありません。あくまで、今まで分かっていなかった筋膜の果たす役割・機能が医学的に新発見であって、筋膜リリース自体は新発見ではないことをご理解ください。

今までわからなかったことが分かってきたということは、鍼の有効性が医学的に意味づけされる・理論づけされて認められる可能性があり、今後の研究に大いに期待しています。

筋膜が注目を集めるようになった理由を理解するために必要な知識

筋膜は「第二の骨格」「ボディスーツ」といった表現をされます。それはそれで正しいのですが、実際は分かりやすいシンプルなものではありません。

浅筋膜はボディスーツ

このような皮膚みたいなイメージをお持ちの方は多いかもしれませんが、厳密には違います。たしかにこのように皮膚のように体全体を覆っている筋膜はあります。その体全体を覆っている筋膜は、「浅筋膜せんきんまく」という名前の筋膜です。浅筋膜は皮下脂肪の中にあるので全身を覆っているといえるわけです。

人間の体は以下のように様々な筋肉があります。表から見えない部分にもたくさんの筋肉があります。

筋肉図

筋肉の数は膨大で、一つ一つ「○○筋」と名称があります。これらひとつひとつがそれぞれ膜で覆われています。これこそがメインとなる筋膜です。さらに、これらの筋肉同士も筋膜で連結されていたり、まとまったグループごとに筋膜で覆われ、そのグループ同士も連続性をもって繋がっています。浅筋膜ほどではないのですが、ある程度全身を包んでいるともいえます。

筋肉を包み込んでいる膜が筋膜と述べましたが、これを浅筋膜と分けるために深筋膜しんきんまくと呼びます。深筋膜の捉え方・定義は実際はバラバラです。深筋膜を筋内膜・筋外膜・筋周膜・筋上膜と名前がついているものの総称として解説されていたりしますが、ここではひとつのまとまった筋肉を覆っている外側の膜(筋上膜とも呼ばれます)を深筋膜とします。

筋筋膜の構造図

上図は、二の腕部分の断面図になります。赤い筋肉の塊の境界線となっている白い部分が深筋膜です。この図では6つの筋肉の境界線のように見えますが、6つそれぞれを深筋膜が覆っていており、隣接していることを表しています。骨も骨膜で覆われています。骨膜と深筋膜も隣接しているわけです。

実はこの深筋膜、一枚の膜のように見えますが、体の部位によって構造が異なるのです。

浅筋膜と深筋膜の違い

薄いピンクの層が深筋膜です。一つ前の二の腕の断面図で白くなっていた部分のうち皮膚に近い部分では3層になっているのです。手や足の深筋膜は3層構造となっていますが、胴体の胸やお腹では1枚の膜になっています。このように深筋膜といっても場所によって構造が異なります。

水色の層が深筋膜同士の滑りに欠かせない潤滑剤の働きをします。ヒアルロン酸を多く含んでいます。筋膜同士が滑ることで筋肉の収縮ができるわけです。筋膜は滑るものという認識はとても大切なポイントです。

先に示した筋肉の図のように筋肉の数は膨大です。膜といえば分かりやすいですが、実際はそれぞれを包んでいる膜の構造も複雑です。深筋膜は、筋肉一つ一つを包んでいるものの、部位によっては構造が異なる上に、それぞれの膜同士も繋がっている箇所が多く、シンプルに構造を説明するのは困難です。ですから膜という一枚のペラっとしたものよりはfasciaの原義である帯・包むものの方がイメージに近いといえます。

解剖学上、存在していないことになっている筋連結

筋肉だけを示している人体図は、実は深筋膜がない状態の図なのです。あくまで筋肉本体をわかりやすく示しているにすぎません。

このように筋膜は実在はするものの、昔からある解剖学の教科書にはきちんと載っていないのです。筋肉と筋肉のつながりは、筋膜同士の繋がりです。その繋がり(筋連結)が明示どころか一切排除された筋肉だけの図が、皆さまが目にする筋肉図です。ですから、筋膜に関することは現時点では「医学的根拠がない」とされてしまうのは致し方ないことなのです。

これが筋膜が整形外科の世界で「シンデレラ」に例えられるような「新発見」とされる理由です。また、病院にいっても治らないとされる要因のひとつともいえるかもしれません。

「筋膜リリース」とは筋膜をどのようにすること?

筋膜についての説明がながくなりましたが、本題の筋膜リリースについてです。筋膜リリースとは筋膜を異常な状態から正常な状態に戻すための技術です。

リリースという言葉から「筋膜を解き放つ」「筋膜を離す」といった膜をはがすかのようなイメージをお持ちになるかもしれませんが、異常な状態にある筋膜を正常な状態に戻すために行うのが筋膜リリースです。

筋膜を整えるといっても、元の状態を確認できない

よれたり、ねじれたりしている状態にある筋膜を整えるという説明も多く目にしますが、冷静になって考えてみて下さい。

どうやって確認しますか?

すっきりした!楽になった!という感覚で「効いている」「筋膜リリースすごい」と思い込んでいませんか?

普通のストレッチやマッサージ方法が、筋膜リリースという冠がつくだけで、特別な方法・画期的な方法ということになってしまっています。

そもそも、よれたりねじれたりしているとされる筋膜の状態自体を確認できません。よくテレビなどで紹介されるエコーによる筋膜の状態の確認は厚くなっている・硬くなっているといったざっくりしたレベルです。解剖しない限り筋膜の正確な状態はわかりません。筋膜の状態を確認するためだけに皮膚を剥がすわけにもいきません。

つまり現実問題、元の状態もよくなった状態も確認することは不可能です。確認は不可能でも、楽にはなったことは実感はできてしまいます。でもそれは一般的なストレッチや体操でも同じことです。

結合組織である筋膜の構造とは

筋膜は人体において「結合組織」に分類されます。結合組織の主な役割は、体の構造を支持すること、組織間の隙間を埋めること。筋膜は、筋肉と筋肉の連結・筋肉と骨の連結といった結合の主役なのです。筋肉を包み込むだけでなく配置を維持するために必要であることはイメージできるのではないでしょうか。

筋膜はメッシュ状の構造なのでセーターのようなものによく例えられます。ですが、セーターのような衣類の生地のように綺麗な均一なメッシュ状ではなく以下のような構造になっています。

筋膜はコラーゲンとエラスチンが主成分

よくある筋膜リリースの解説で、綺麗な格子状が崩れる・捻れる、といった説明がなされますが、それはあくまで分かりやすさに特化したイメージにすぎません。

上記画像のように筋膜は、コラーゲン線維とエラスチン線維が複雑に絡み合った構造で線維芽細胞せんいがさいぼうという細胞があります。線維芽細胞はコラーゲンなどを生み出す細胞です。コラーゲンはタンパク質で弾力をもっています。エラスチンもタンパク質でこちらは伸縮性があります。線維間はヒアルロン酸をたっぷり含んだ水分です。ですので膜という名前からサランラップのようなイメージを持たれるかもしれませんが、むしろ水分をたっぷり含んだ薄いシート状のスポンジとお考えください。女性が美容のためにお使いになるシートマスクに近いといえます。

ここで女性の方はお気付きの方もいらっしゃるかもしれません。筋膜の構造自体は皮膚の下にある真皮に近いのです。

筋膜が正常でない状態とはどんな状態?

筋膜が異常である場合、以下の3つの状態にあります。

  1. 潤滑剤(ヒアルロン酸)の凝縮化による膜間の滑走性不良→いわゆる「癒着」
  2. 細胞外基質中における糖タンパク質の脱水(ゲル化)と線維(コラーゲンとエラスチン)の高密度化による膜の圧縮→筋膜が硬くなる
  3. 組織損傷や慢性炎症、「癒着」と「硬化」の慢性化による膜の変性→筋膜が別の組織に変化(線維化)

このうち筋膜リリースによって改善が期待できるのは「癒着」と「硬化」の2つです。硬くなった筋膜を柔らかくするのはイメージできることでしょう。一方、癒着ですが、“筋膜はがし”という言葉や“リリース”という言葉から一般の方が連想するのはおそらく癒着の改善でしょう。ですが、恐らくほとんどの方がベリべりっと剥がすイメージを抱いているはずです。それは大きな誤解なのです。筋膜は滑るものです。癒着の改善とは、筋膜の滑りを良くすること、とご理解ください。

なお、線維化して別の組織に変性してしまったものは基本的には元には戻りません。

まとめますと、以下の2つが筋膜リリースの主な目的になります。

筋膜リリースの目的

  • 潤滑剤を元に戻して膜同士の滑走性を取り戻す
  • 線維の高密度化と基質のゲル化を解消して膜の伸縮性・弾力性を取り戻す

これらを達成するのために「水分補給」と「温度を高める」必要があります。

潤滑剤を元に戻して膜同士の滑走性を取り戻すために温度を高めます。潤滑剤であるヒアルロン酸は温度が上がれば潤滑機能が高まります。お風呂上がりに体の柔軟性が増すのはこのためです。運動前に体をあたためる・ウォーミングアップの目的も同じです。

いくら筋膜の滑りをよくしても、膜自体が硬くなっていてはいけません。筋膜の柔軟性・弾力性を維持するためには水分が必要不可欠です。水分を補給するために、筋膜に水分を届ける血液の流れが重要です。血流を増すことが水分補給になるのです。血流が増すと体温は上昇します。