当院にいらっしゃる患者さんから受ける質問で、もっとも多いのが首の関節をボキボキと鳴らす「首ポキ」についての質問です。テレビ、雑誌、インターネット上で「首ポキは危険」と話題になりました。首をよく鳴らす人は脳卒中になりやすい、脳梗塞の危険性がある、という話も耳にしたことがある方も少なくないと思います。
首ポキって危ないの?
そのウワサの真相を肩こり、首こり治療の専門家として責任をもって解説します。
首ポキに関する疑問・・・関節が鳴る仕組みについて
よく首をボキボキと鳴らすのですが、これは良くないことでしょうか?
首をポキポキ鳴らすことは、肩こり・首こりのセラピストとしては、良いことではない、とハッキリ申し上げます。
そもそも、関節が鳴るのは何故でしょうか? 関節の鳴る仕組みを教えてください。
関節が鳴る音の正体は気泡がはじける音です。わかりやすくいうと、関節の隙間に溜まった空気が弾ける音です。専門用語でキャビテーションといいます。実は、この関節の音の正体ですが、2015年になって初めて確認されました。関節の音が鳴る仕組みが映像として記録されたのです。
骨と骨が擦れたりして鳴っているわけではないということでしょうか?
関節がポキッと鳴るのは骨と骨の摩擦によって音が出るのではありません。骨と骨の間には隙間があります。その隙間は、滑液という液体で満たされているのです。ですので、関節は様々な動きが可能になります。潤滑油みたいなものですね。関節液とも言います。
液体が入っているとは驚きました。でも、ポキっていう音は空気が弾ける音なんですよね?
はい。液体なのですが、その中に溶けている空気があります。その空気が液体の中から気泡となって出てくるのです。
どうして、気泡が出てくるのでしょうか?すごく不思議です。
例えば、手の指の関節を鳴らす時、普段動かしている方向と逆に反るようにしていると思います。筋を伸ばすような感じです。そうすると、骨と骨の隙間が大きくなります。つまり関節内の容積が増えるのです。すると、液体の圧力、水でいうところの水圧、が低くなります。すると、液体の中に溶けていた空気が、溶けていられなくなります。気泡となって外に出ようとするのです。
ちょっと難しくて、よくわかりません。もう少し詳しく解説をお願いします。
身近な例をあげます。たとえばコーラなどの炭酸飲料。炭酸水でしたら、水に二酸化炭素を溶かしたものですが、むりやり溶かしています。この無理矢理というのは、圧力をかけるという意味です。その圧力を維持するために、密閉された状態で販売されています。
栓や蓋をあけると、どんどん炭酸が抜けていきます。コップに注ぐと泡がでていきます。
そうですね。それは、先ほどの関節内の液体の中の空気と同じことなのです。パッケージされた炭酸水の中の圧力は高いですが、開栓してしまうと、外の空気圧と同じになります。つまり圧力が下がってしまいます。高い圧力だから溶けていたものですから、溶けきれなくなり、外に出ていきます。それが気泡です。
関節の中の圧力が変わることで、溶けていた空気が出たり入ったりするということですか?
そのとおりです。ただ、一度出てしまったものが再び溶けるのには時間がかかります。ですので、一度鳴らした関節は、しばらくの間は音がなりません。
首ポキに関する間違った情報について
なんとか理解できました。ところで、首の関節を鳴らすと1トンの圧力がかかるのですか?
1トンというのは質量の単位です。圧力というのは、面を押す力です。面積あたりの大きさですので、1平方メートルあたりの大きさが通常用いられます。時速だったら、〇〇km/時と1時間あたりの速度で表現しますよね。トンという単位も用いないのですが、単純に速度でいうところの「/時」に当たる部分が抜け落ちていますし。つまり1トンの圧力という言葉そのものが間違いです。
1トンという数値は、何を表しているのでしょうか?あまりにも大きいと思います。
恐らく、不安を煽るために大きく見せた広告的な表現、もしくは、根本的に理解していないかのどちらかです。圧力というのは、たいていは1平方メートルあたりの数値です。1トンは1000kgです。1平方メートルというのは、100cm x 100cmですので、10,000平方センチメートルです。首の面積的には1平方センチメートルで考えると、0.1キログラム、つまり100グラムです。
たったの100gなんですか。別に大した大きさではないですよね・・・
それが、恐らく1トンの圧力という表現の正体です。この数字とセットで、半身不随になるとか、危険だという噂が広まったわけです。
首ポキの危険性を誇張してるわけですね。騙されたような気持ちで、腹立たしいです。デマということですよね。
この話は、テレビやネット上で広まったようですね。「関節をポキッと鳴らしているとき、骨には1トンもの圧力がかかっているんですよ」と整骨院の先生が話したことが原因です。この先生が本当にそう言われたのか、それを文字にしたマスコミの人が理解していなかったためなのかは定かではありません。私は、鍼灸師・あんま指圧マッサージ師ですが、一般的には、整体、整骨、マッサージは同じように捉えられています。この話を聞いた人の中には、「これだから、整骨やマッサージは信用できない」と思う人も少なくないと思います。残念なことです。
ただ、首をならす癖をやめさせたいという強い信念があって、敢えて誇張した表現を広めようとした可能性もあります・・・が、多分違うと思います。
首ポキは危険である、これは否定できません。
首の関節を鳴らすと脳卒中になったり、半身麻痺、最悪死んでしまうといった可能性は実際問題、あるのですか?
首は非常にデリケートな部分であるため、1回ポキっと鳴らしても大きなダメージとはならずとも、空気の破裂で少なからず刺激はされます。例えわずかな衝撃であったとしても、血管や神経などデリケートな組織に微細な損傷がおこることは十分に考えられます。
特に、頚椎の中を貫く椎骨動脈・椎骨静脈は関節の近くにあるので、衝撃を受けやすい部分です。その血管内部が傷つくとその場所が変性し動脈硬化や血栓などになりやすくなり、血栓が血流にのって流れていくと脳梗塞・肺梗塞・心筋梗塞などの重篤な疾患を招く可能性はないとは言えません。
整体やカイロが街中に氾濫しているが故に間違った認識が蔓延
整体やカイロプラクティックでよく骨をボキッとされますがあれはどうなのでしょうか?
整体やカイロプラクティックの先生にうかがうと、背骨のゆがみが様々な病の原因となり、特に頚椎は重要とのことです。そのゆがみをボキっとすることで元に戻すそうなのですが、これには多々疑問が残ります。
その疑問点について、詳しく教えてください。何回通っても結局治らなくて。
整体における頚椎の歪みを直すことについての疑問点は4つあります。
- レントゲンを使わない・使えない
骨の問題を診るのにレントゲンを使わない点です。使うこと自体できません。レントゲンを使用して骨の問題を診断・処置できるのは整形外科医のみです。
- あらゆることを根拠なく歪みで説明する
筋・骨格系の問題だけでなく様々な内臓病や癌までも背骨のゆがみが原因と理由づけしてしまう点は大問題です。医学的根拠があるならばよいのですがございません。
- 骨は動くもの。支えているのは筋肉・筋膜
骨はあくまで筋肉の作用を受けて動く受動的なものなので、ボキっと外から力を加えて仮に正しい位置に戻ったとしても、筋肉の問題・または身体動作を改善しなければすぐに元通りとなってしまうということ。
- そもそも“歪み”は医学用語ではない
“ゆがみ”とは医学用語ではありません。定義があやふやであるということ。
整体やカイロプラクティックの理論では“左右対称”“左右均等”が良いとされますが、人間は本来内臓の配置自体が左右非対称(右には肝臓、左には心臓や胃や膵臓など)ですし、利き手・利き足・効き目・効き顎もあるので対象となることは不可能です。それを目指すこと自体が終わりがなく机上の空論ではないでしょうか。
自分で鳴らすのはよくないけど、整体やカイロで鳴らすのはよいという主張もあります。
頚椎は7つあるのですが、整体やカイロでは、その7つのうちの〇番目だけを任意に鳴らすことができるそうです。しかし、誰もそれを確かめることができません。
肩こりラボで治療を受けている患者さんで、整体での骨格矯正を受けたものの、具体的な内容はわからない、症状がよくなるどころか逆につらくなった、という方が本当に多いのです。
歪みを直す=骨ボキ、というのは、施術する側が勝手に押し付けているだけだと常々感じています。
整体やカイロプラクティックで肩こりが治る可能性について
100%治らないと断言は出来ません。治る方もいらっしゃるとは思いますが、極めて稀だと思います。実際、当院に初めて来られる患者さんから、いつまでたっても治らない、整体などに通う頻度だけ増える、なんとかしてほしい、というご相談を非常に多く受けます。
カイロプラクティックや整体で行う首をゴキっとならす施術は、脱力した状態で頚椎を急激に伸ばしたり、曲げることは脊髄損傷など重篤な神経障害を引き起こす可能性がないとはいえませんし、何より椎骨動脈解離を起こす危険性があります。これは脳梗塞やくも膜下出血の原因となる可能性が極めて高いので、首を鳴らす施術は絶対に受けないでください。
事実、厚生労働省によって禁止するようにと20年以上前から通達されています。
これまでのお話から、首ポキはやらないほうがいいということですね?
現在ネットに書かれている内容は非科学的で信憑性がありません。実際のところ、自ら行う1回の骨ポキで生命につながる問題となる可能性は極めて低いです。しかし繰り返す事は確実に良いことではなく、塵も積もれば山となるで、小さな刺激が積み重なることによって後々重大は疾患につながってしまう可能性があります。
首ポキの危険性については、イギリスのブルネル大学(Brunel University)のリハビリテーション研究室の報告によっても椎骨動脈解離や脳血管障害をはじめ重篤な神経疾患への可能性が示唆されています。
また、首をボキっとする施術の危険性は、カイロプラクティックや整体などで首ボキ施術を受けても10万人に1人くらいしか起こらない、と言われています。しかし「45才未満で脳卒中を起こした人は一週間以内にカイロプラクティックで首ボキをやっていた人がやっていなかった人と比べて5倍多かった」というデータがアメリカ心臓病学会の2001年に出された報告にて示唆されています。実際はもっと多いと思います。
日本ではカイロプラクティックは無認可の民間療法です。それって違法では?と思われると思いますが、そもそも法律が存在しません。つまり誰でもカイロプラクターと自称できてしまいます。このようなグレーゾーンな状況である以上、首ポキの施術を受けるということは、素人が関節を鳴らしているだけ、という可能性もないとは言い切れません。
もちろん、ご自身で首の関節を鳴らすことも、極力避けていただきたいですね。
首ポキの癖を直すために必要なこと
首ポキやめたいです。でも、ついつい首を鳴らしてしまう癖は直りますか?
癖で行うのは、何かしらの症状があるためです。例えば「常に気になってムズムズしてしまう」「首を捻じったり 動かさないと いてもたってもいられない」「無意識のうちにいじっていたり 鳴らしてしまう」「発作的に急激につらくなる」「睡眠が充実していなく、朝一が一番つらい」といった事に心当たりはないでしょうか?もしこれらに該当するようでしたら、それは肩こり・首こりの負のスパイラルにはまってしまっているサインです。大げさに聞こえるかもしれませんが、首の関節を鳴らす癖があるということは、今後酷くなっていく前兆ともいえます。放置していては、絶対に治ることはありませんし、首ポキはもちろん、肩もみなどの簡単な施術による“ほぐし”程度ではすぐに元通りとなります。
つらくて我慢できない時に簡易的な施術を受ければ楽にはなるでしょう。それしか方法がない場合はもちろん仕方ありません。
しかし、楽になるのはその時のみの短期間であって、すぐに元に戻ってしまい、つらくなる度に施術を受けるという繰り返しになります。
しかも、施術の刺激に慣れていってしまうので、徐々に悪化していきます。施術を受ける間隔も短くなり、より強い施術を求めるようになります。完全に悪循環になります。得するのは簡易的な施術を提供する側ということです。
この状態を変えるには「治療」が必要なのです。
つまり、首ポキの癖を直すには、原因そのものを治す治療が必要ということですね。
そのとおりです。治療をすれば、癖は出なくなります。肩こり・首こりは直近で生活や生命に支障がでるわけではありません。しかし放置や適切な処置を行わないことに確実に進行・悪化していきます。首や肩のこりは、頭痛や目眩、倦怠感をはじめとする様々な体の不調の要因になりますし、最悪のケースとして、例えば脳梗塞といった重病の引き金になる可能性も否定はできません。
脳梗塞といえばアナウンサーの大橋未歩さんが若年性脳梗塞になったことは衝撃でした。
脳梗塞といえば高齢の方がかかるというイメージがどうしてもあります。しかし、若い方で脳梗塞にかかるケースは少ないとはいえ近年急増しています。特に脳動脈解離・椎骨動脈解離による脳梗塞です。大橋さんが患った若年性脳梗塞が首ポキが原因だったかどうかはわかりません。しかし、首こりや肩こりが脳梗塞に繋がる何かしらの原因であった可能性は高いと思います。
デスクワークでお忙しい方はもちろんのこと、スマートフォンの普及で「スマホ症候群」と呼ばれる首や肩への負荷による痛みや凝りも問題になっています。ストレートネックという言葉も普及していますね。若い方も首ポキをしてしまう人が多いようです。
現代の生活環境の利便性と体の健康はトレードオフ
スマホを長時間見ていると首が痛くなります。まさに「スマホ症候群」ですね。
スマートフォンやタブレット、ノートパソコンを使用する場合、うつむいて操作をしてしまう方が多いです。すると、首の骨が本来持っているゆるやかなカーブが、伸びて真っすぐになります。これが、ストレートネックです。首をまっすぐにした状態が長時間続くと凝ります。誰でも凝ります。特に女性は、男性に比べて首が細く筋肉が少ないので、負荷を受けやすいのです。
ですから、楽になろうと首を回したり、左右に振ってみたり、関節を鳴らしてみるわけですが・・・猫背って楽な姿勢だからついついとってしまう人は多いですよね。でも、猫背は良くない、姿勢が悪くなる、という認識は多分多くの方がお持ちだと思います。
他にも例えば、ふかふかのソファーに座ると楽で気持ちよくても、実際は腰に相当な負担をかけています。快適すぎて立ち上がる気をなくしてしまう「人をダメにするソファ」が人気ですが、腰への負担がとても心配です。
プラスなことがあればマイナスなことがあります。パソコンやスマートフォン、タブレットが普及し、生活になくてはならないものになっています。それによって首や肩の不調を訴える人は、激増しています。利便性故に本来やる必要のないことが増えてしまいストレスが増えた方も多いことでしょう。首ポキは、まさにその延長線上にあるといえます。
治療を真剣に考えたいと思います。最後に、他にアドバイスあればお聞かせください。
しつこいようで恐縮ですが、首ポキの癖は、首や肩の不調のサインです。そして、首ポキが重い疾患の引き金になる可能性は低いかもしれません。しかし、可能性は確実にある、ということだけはどうか覚えておいてください。
肩こりや首こりは、その場しのぎのほぐしでは治らないどころかむしろ徐々に悪化していきます。30秒で驚くほど効果がある体操やストレッチ方法などが定期的に話題にはなりますが、一時的には楽になっても治ることはありません。治る人がいないから、流行るのです。
まずは、首の関節を鳴らすのは、良くないことだと意識するようにしてください。ご家族やお友達で、首ポキをされている方がいたら、ぜひ注意してあげてください。
そして、できれば、早めに治療を受けてください。
これは、医療に携わる者としての切実な願いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。ご不明な点、ご質問等ありましたら、遠慮なくご連絡ください。
執筆者:丸山 太地
Taichi Maruyama
日本大学文理学部
体育学科卒業 東京医療専門学校 鍼灸マッサージ科卒業
上海中医薬大学医学部 解剖学実習履修
日本大学医学部/千葉大学医学部 解剖学実習履修
鍼師/灸師/按摩マッサージ指圧師
厚生労働省認定 臨床実習指導者
中学高校保健体育教員免許
病院で「異常がない」といわれても「痛み」や「不調」にお悩みの方は少なくありません。
何事にも理由があります。
「なぜ」をひとつひとつ掘り下げて、探り、慢性的な痛み・不調からの解放、そして負のスパイラルから脱するためのお手伝いができたらと考えております。