鍼で秘孔をついてパワーアップ
アスリートの方から「鍼で秘孔(ツボ)をついてパフォーマンスアップできませんか?」というご質問をしばしば頂きます。
一般の方の感覚からすれば、冗談のように思えますが、ケガが治らない・トレーニングを行っても一向に変化無しといった状況のアスリートにとっては藁をもつかむ心情なのです。
どうも鍼(ハリ)はツボを刺激すると思われていますし「北斗の拳」といった国民的人気コミックの影響で秘孔という言葉だけは広く知られ、中国四千年の歴史というイメージ(中国が建国されたのは1949年です。)・・・といったイメージがあるようで“不可能が可能になる“1発で劇的な変化が起こる”といった期待を抱く方が多いようです。
しかし鍼(ハリ)はあくまで機械的刺激を用いた物理療法のひとつです。(物理療法とは、電気・温熱・寒冷・触圧など物理的な方法で行う療法。)
人体に鍼を刺して起こる反応は限られています。これは以前の記事で解説いたしました。
→ 医学的根拠に基づく鍼灸・マッサージとは(通い続けても改善しない重症肩コリ・首こり患者さんにお読み頂きたい東洋医学と西洋医学の違い)
鍼はパワーアップではなくダウンさせるためのもの
鍼を打つことで筋力アップといった素晴らしい効果があるのか、ないのか?ずばり事実を申し上げます。
基本的に鍼(ハリ)は筋肉弛緩させ、血流を増加させると同時に張力(発揮する力)を低下させます。
[文献1] 肘関節屈曲伸展運動に伴う筋疲労に及す円皮鍼の効果 異なる施鍼部位でのパイロットスタディ
そのため、鍼(ハリ)はアスリートにとっては体調を整えるコンディショニング・ケアという点では有効ですが、鍼を刺すことにより筋肉な弛緩するため筋収縮力は低下し、競技直前の鍼施術はパフォーマンスを低下させるであろうことが理論上通説とされています。
しかし、こちらの研究では競技前に鍼(ハリ)を行う事の有効性が示唆されています。↓↓↓
[文献2]トライアスロン競技後の筋肉痛に及ぼす円皮鍼の効果-プラセボを用いた比較試験-
こちらを要約すると、腰の一定部に長さ0.6㎜の極短い置き鍼(円皮鍼)を行って運動を行った所、疲労感と運動後の筋肉痛(遅発性筋痛=DOMS=Delayed Onset Muscle Soreness)が軽減されたとのことです。
ここに置き鍼を行い運動を行ったところ効果があったとの報告です↓↓
上記[文献2]より引用させていただきました
円皮鍼とはこのようなものです↓↓
http://www.jizo-s.jp/treatment.htmlから引用させていただきました
http://shibasaki.hmpg.org/index.php?FrontPageから引用させていただきました
遅発性筋痛=DOMS=Delayed Onset Muscle Soreness とは↓↓
遅発性筋痛 delayed onset muscle soreness
- 運動後数時間から24時間程度経過して、筋肉を圧迫したり動かしたりした時に知覚され、運動1-3日後をピークとなり、7-10日以内には消失する痛み
- DOMSが筋や結合組織の微細構造の損傷を引き起こす伸張性(エクセントリック)筋活動を含む運動にともなって起こることから、筋線維あるいは結合組織の損傷、およびその後の炎症反応が原因だとする(損傷・炎症説)が広く支持されている
- DOMSと乳酸は無関係であるといっても過言でない
- 筋のスパスムと筋の虚血の相互作用がDOMSを引き起こすという筋スパズム説も否定されている
- 遅発性筋痛は、伸張性(エクセントリック)筋活動を含む運動で発現し、短縮性(コンセントリック)あるいは等尺性(アイソメトリック)筋活動のみでは、ほとんど発現しない
- DOMSが発現するのは、運動に不慣れな場合や、運動時間が普段より長かったり、運動強度が激しかったりした場合
- 筋の損傷・炎症は、筋力、関節可動域、筋周径囲、CPK、ミオグロビン、超音波、MRI画像変化から間接的に把握される
- DOMSの程度は筋損傷の程度を反映しておらず、筋肉痛が激しいことは必ずしも筋損傷の程度が激しいことを意味していないと結論づけられる
- 加齢に伴ってDOMSの発現時期が遅延するという事実は必ずしも明確でない
- 上腕屈筋群のエクセントリック運動を20歳代と50-60歳代の被験者に負荷して筋痛の出現時期を比較した結果、どちらの被験者群においても、一日後に筋痛が出現し、2日目にさらにひどくなり、3日目以降に回復していくという結果で差は求められなかった
- 3-5才児筋痛なし 小学生になるとDOMSが生じる
- DOMSの発現を完全に抑制する効果を有する手段はみつかっていない
- NSAIDのDOMSに対する効果は認められていないか、認められたとする報告でもその効果はわずかである
遅発性筋痛の意味
- 一般に痛みは危険信号だと考えられ、異常を知らせ、痛みがある部位を安静に保つことを促していることが多い。しかし、DOMSにおいては、痛みが生じるのは運動後であり、仮に運動が危険であることを知らせるには手遅れである。また、痛みがある筋を安静に保たせるための信号であるとすると、DOMSのある筋を無理して動かした後、痛みが軽減し、回復過程に対しても悪影響がないことと矛盾する。さらに、筋痛が発現する時期は、組織学的な損傷・炎症の時間経過と一致せずまた、痛みの程度と損傷の程度は無関係である。これらのことは、DOMSの生理学的意義に対して疑問を投げかけるものである。なぜ運動後DOMSが出現するのであろうかDOMSにはどのような意味、意義があるのであろうか。これらの疑問に対する答えは、現在のところ得られていない。
出典:遅発性筋痛の病態生理学 理学療法 2001;18(5):476-484(野坂和則)
競技前に行う鍼(ハリ)によるパフォーマンスアップについて
先行研究と合わせて、競技前の鍼(ハリ)とパフォーマンス向上について考察をします。
①鍼をどこに刺すか
鍼を筋肉へ刺さると、その筋肉は弛緩します。 鍼を刺すと筋肉を弛緩させ収縮力を低下させるため、特殊なケースを除き、競技前にむやみに鍼を刺すと“発揮される力の低下”=“パフォーマンス低下”を招く可能性があります。 しばしば選手からの「筋肉の緊張がとれて可動域は広がるが、力が入りにくくなる」という訴えを耳にします。(過剰に力んでしまい可動域制限と意図する動きができない方には有効的ですが・・・)
また、その反応は神経支配比が密(神経がたくさん集中している)な体の末端部分で顕著に出る傾向があるため、足や腕など競技中に筋肉の収縮・弛緩が激しく繰り返される部分に施術を行うと返ってマイナスに作用してしまう可能性があります。
アスリートにとって、競技中に違和感として実感されるのはマイナスとなりかねないので”置き鍼をしているのかしていないのかわからない”状態とするのが好ましいです。
よって、末端部分ではなく体幹部分へ施術を行うことが推奨されます。 体幹の背骨の近隣に刺激を行うと、体性-自律神経反射により遠隔部の血流を改善させることが可能となります。
例えば腰へ施術を行うと足が、首へ施術を行うと手の血流が増加します。このため、足に鍼を行わなくても、腰へ施術を行うことで、重だるさが生じる可能性を限りなくゼロに近づけて足の状態を上向きにすることが可能です。
②鍼を刺す深さは
皮膚は表皮(約0.2㎜)、真皮(約2㎜)、皮下組織(主に脂肪で個人差有り)で構成され、その深部に筋膜で包まれた筋肉が存在します。鍼が筋膜を通過する際に鈍痛や重だるさを覚える場合が多いため、それらを生じさせないためには“筋膜を貫かない”ことが大切です。
そのため0~数㎜以下の深さで鍼を挿入することが推奨されます。その点、円皮鍼は長くても1.5㎜なので有効な手段といえます。
また、真皮層には痛みや違和感を感じる神経が密に分布するため、違和感を予防するという意味では実験で使用した0.6㎜のものか最も短い0.3㎜のものが有効的なのではないでしょうか。
ちなみに、0㎜~としたのは刺さず皮膚表面へ刺激を与えるだけでも反射を喚起することができるからです。
(しかし刺さないとなると鍼である必要がないのでは・・・という意見が出るはずです。私自身も刺さないならば鍼である必要はないと考えているので、極弱い刺激が適している場合にはマッサージにて対処を行っております。)
③鍼のデメリットは
ウェイトリフティングや陸上の短距離・跳躍・投的など、瞬発的に高いパワーを発揮する競技には不向きかもしれません。
バイオメカニクス上、身体動作における発揮される力の源は体幹です。筋肉までは到底到達することがない極浅い円皮鍼という刺激であっても、刺した部分の筋肉が弛緩することは考えられます。(経験上は弛緩します。)
上記のような限界ギリギリの所で勝負をする競技においては、わずかでも筋収縮力が低下することは、パフォーマンス低下を招きまねきかねません。よって筋肉の収縮力次第でパフォーマンスが大きく左右する瞬発系の競技においては、競技前の鍼(ハリ)は避けた方が良いのではないでしょうか。
競技前の鍼(ハリ)が適しているスポーツとは?
多くのスポーツは筋肉の収縮力が第一の理由でパフォーマンスは決定しません。長・中距離や多くの球技等は筋力だけでなく、有酸素系代謝能力や多くの要因が絡み合いパフォーマンスが決定します。
すなわち、多くの競技は筋力とパフォーマンスは正の相関関係にありません。よって、体幹部分に多少の筋力低下が生じたとしても(円皮鍼を刺して筋力低下を実感できるのは国際レベルの極少数のトップアスリートぐらいですが・・・)、末端部の循環を良好な状態に保ち、疲労しにくい状態をつくることは結果として動作を円滑に、持続的に遂行することにつながるはずです。
そして、何よりも怪我や痛みを抱えずに、継続的・漸増的にトレーニングを積むことがアスリートのパフォーマンスアップには不可欠です。このようなことから、瞬発系競技以外のスポーツにおいて、競技前に鍼(ハリ)を行うことは、パフォーマンスアップの補助となるのではないでしょうか。
個人的には、長距離ランナーはじめ有酸素系のアスリートは、疲労のコントロールと障害予防という点で日常的に円皮鍼を使用し練習を行うと良いのではないかと考えております。
また、バスケットボール、サッカー、野球、バレーボール、ダンスなど部分部分では瞬発力の求められる競技も、トータルでとらえると持久力・協調性・スキルが高い次元で両立されることが求められるため、有効的なのではないでしょうか。
海外の選手と瞬発力含め身体能力勝負をしても、日本人に勝ち目はありません。身体能力勝負をすると越えられない壁はつきものですが、今後日本人が世界で活躍するためには、持久力・協調性・スキルで勝負をする必要があるのではないでしょうか。
鍼(ハリ)は筋力アップという点ではマイナスですが、持久力・協調性・スキルという点ではプラスに作用する可能性が高いです。
このようなことから、バスケットボールやサッカーなどといった一見瞬発力の求められる競技においても、競技前の円皮鍼による治療は有効的なのではないかと考えております。
スポーツと鍼(ハリ)についてのまとめ
鍼(ハリ)(東洋医学・ツボ)は魔法ではないため、漫画のイメージのように不可能を可能とすることはできません。
「長年悩んだ〇〇の痛みが劇的に・・・」「あきらめていた〇〇が1発で・・・」などの奇跡体験が美談として語られますが、ごく稀に奇跡のような事象はたしかに起こります。
しかしそもそも“その治療”が本当に効果あったのか、はたまた“その治療”に関係なく生じた現象なのか(単に平均への回帰だったのか)、その美談が公平な視点から検証された形跡はありません。
残念ながら、アスリートのパフォーマンスアップに近道はありません。しかし“寄り道”をしないことは可能です。
アスリートが進化し続けるためには、第一に漸増的・持続的にトレーニングを行うことができるかどうかが求められます。寄り道とは、スポーツ障害や不適切なトレーニング計画・メニューによって無駄な時間を過ごしてしまい、トレーニングを漸増的・持続的に実行不可能となってしまうことです。
アスリートが鍼(ハリ)によってパフォーマンスアップ可能かどうか。
結論、鍼(ハリ)によって劇的にパフォーマンスアップを図ることは不可能ですが、パフォーマンスアップを阻害する“寄り道”の可能性を大いに低下させることは可能です。その手段として、今までは競技後のコンディショニング一辺倒だった施術が、競技前にも有効的な手段があるということが示唆されたのではないでしょうか。
円皮鍼を用いた施術は、低リスク・低費用で簡易的な施術になりますので、どこの治療院でも気軽に実施可能です。 そのためプロアスリートに限らず多くのアマチュアアスリートの方々にも実施していただくことが可能です。プロ・アマ問わず、日本のスポーツ発展にわずかでもプラスとなるのではないかと考えております。
最後まで、お読みいただきまして、ありがとうございます。
今回の記事はお役に立ちましたでしょうか?パフォーマンスアップについてお悩みの方、なんとかしたいとお思いの方、是非、一度ご相談ください。
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執筆者:丸山 太地
Taichi Maruyama
日本大学文理学部
体育学科卒業 東京医療専門学校 鍼灸マッサージ科卒業
上海中医薬大学医学部 解剖学実習履修
日本大学医学部/千葉大学医学部 解剖学実習履修
鍼師/灸師/按摩マッサージ指圧師
厚生労働省認定 臨床実習指導者
中学高校保健体育教員免許
病院で「異常がない」といわれても「痛み」や「不調」にお悩みの方は少なくありません。
何事にも理由があります。
「なぜ」をひとつひとつ掘り下げて、探り、慢性的な痛み・不調からの解放、そして負のスパイラルから脱するためのお手伝いができたらと考えております。